旅先で出会う、犬と猫

桜の開花シーズンを迎え、いよいよ春も本番という時節になってまいりました。
気付けば、このページの更新が大分ご無沙汰となっておりました。

実はこの冬、ご多分に漏れずインフルエンザにかかりました。30年程ぶりだったせいか少々寝込んでしまった為、その分目標としていたスケジュールが後ろにズレてしまい、何かと余裕が無くなっておりました。日頃から予防には相当気を付けていたつもりでしたが、体力が落ちてでもいたのか・・・かかる時にはかかってしまうものですね。一つの厄払いとでも考えておきましょう。
勿論、今はすっかり完治し、元気に絵を描いております。

さて先日、「散歩の時間に」という、(犬と)散歩する人が大勢繰り出す時間帯の、ドイツの街角を描いた新作が発表になりました。
以前から、サイン会の折やメールでも『どんな犬を飼っているのですか?』とか『絵の中の犬や猫の姿を探して、見つけて、楽しんでいます』とか『犬・猫、どちらがお好きですか?』等々、犬や猫に関する話題が出ることがよくございます。

世の中では、犬派?猫派?などと、血液型や星座の次くらいに人柄分析に使われる機会も多いようですが・・・絵に描く時には、そういった意識や観点は、無論ございません。
むしろ、”人の暮らし”を描いておりますと、犬や猫の姿はそこここに自然と登場することになるからです。それ程に、身近に人に寄り添う存在なのだと、風景画を描く時にはより実感致しますし、自分自身、どちらの姿にも癒しを感じ、自然と愛着を以って観る対象にもなります。

ヨーロッパを旅していて、犬や猫に全く出会わない町は、ほぼ無いと言っても過言ではございません。
街角ですれ違い、振り返って見たり、思わず視線で追ってしまったり、ついつい後をついて行ってしまったりする対象が、”美女”ではなく、愛らしい犬や猫の姿だったりする自分が、時おり心配にもなります(笑)。

犬の話題は、何度かこちらのページにも書いてまいりましたが・・・最近は猫のお話をされる方が、以前より多い印象があります。
猫と犬にはそれぞれ全く違う魅力があり、絵に描く際も意識してはおりますが・・・猫は、どうしても犬より姿が小さいことや(それぞれ例外もございますが一般的には)、町の中でもひっそりと風景にとけ込んで存在感を消している場合が多い為、風景の中に描く対象としては、条件的にどうしても犬より難しい気が致します。
それでも、独自の魅力には抗えず、猫を主役にした小品も(そうすれば大きく描けますので)、少しずつ増えてまいりました。

旅先では、当然”猫アンテナ”も張ってはいるのですが、活動的で目につきやすい犬に比べますと、どうしてもその出会いは少な目です。出会っても、人に慣れていない子ですと、逃げ足も速いこと速いこと・・・。
ですから、絵に比較的多いのが、寝ている姿や、遠くから眺めた”孤高”のムードを漂わせている姿、温かい場所でボ~っとする姿、ただ静かに歩いている姿、だったりします。目線すらもなかなか合せてくれません。
ですが、その辺りがまた、猫の魅力の一つですので全く文句は無いのですが・・・。

例えば・・・
「湖水を眺めながら」という色鉛筆だけで描いた作品。猫が描かれている印象、ございますでしょうか?
実は、テラスの左側の方に・・・居るのです。こんな風に存在感を巧みに消しながら、目立たず、風景に楚々と一体化しつつも、何とも言えない温かみを絵にもたらす――そんな不思議な魅力が、猫にはあるのです。

「湖水を眺めながら」  ジクレー 2011年 41.0×31.8㎝

また、町を歩いていて、本当に何の気なしに振り返った視線の先に、猫。で、「あ!居た」と目を丸くすることがよくよく、よく有ります。
その”場所”は、特に窓辺であることが多く、最近描いた下の作品もそんな状況で出会ったシーンの一つです。ふと見つける猫のこんな姿に、ほっこり気分がどれほど盛上がることか・・・

「まぶしいような、ねむいよな」  アクリル 2016年 19.0×33.3㎝

ヨーロッパでは、石造りの建物が多く、構造上その壁は分厚く、窓の桟の部分というのでしょうか、窓辺の外側にも内側にも猫が居られる余地が在るからなのでしょう―――窓周辺は、”猫多発スペース”として認識しています。日当たり良好な窓辺は温かく、猫たちにとっては、当然居心地が抜群に良い場所ということなのでしょう。

旅先、それぞれの土地、様々な風景の中で、人々の生活に馴染んで暮らす彼らと出会う度に感じる、癒しと心が温まる感覚をお伝えしたくて・・・・どういう風に描くのが良いのか、”絵創り”や構想には案外と時間を要し、苦労もするのですが、それは楽しい作業でもあるのです。

笹倉鉄平

2016

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