ウーズ河畔と「スマイル」と

作品「ウーズ河畔」の舞台となった、英国はヨークの街。 旧市街で見つけた画材屋前にて。

さて今回は、この度リリースとなりました新作「ウーズ河畔」のこぼれ話でも書いてみようかと思います。

皆さんは、同じ曲や曲のフレーズなどが、頭の中で延々と流れ続けているような経験、お持ちではないでしょうか?
実は、昨年の夏、この絵の舞台となったウーズ河の岸でスケッチをしている時に、ずっと頭の中で聞こえていた曲がありました。

「スマイル」という、サイレント映画『モダンタイムス』の挿入曲としてC.チャップリンが作った一曲です。映画のラストシーンで流れる印象的なメロディに後年歌詞が付けられ、多くの有名アーティストがカバーしていますので、スタンダードな曲として一度はお耳にされたこともあると思います。(ちなみに、最近ではフィギュア・スケートの浅田選手がエキシビション用の曲として、オリンピックでも使っていました)

ウーズの河辺で、その「スマイル」が頭の中で繰り返し流れ始めたのは、(イギリスだったせいか)最初はエルビス・コステロの歌声でだったのですが・・・何度もリフレインされているうちに、いつの間にか色々なパート別のハーモーニーを伴った男性4人の合唱へと次第に変わってゆきました。
なぜ「スマイル」だったのかは、自分でもよく分からないのですが。

もしかしたら・・・(ものすごく飛躍はしていますが)
ヨーク(描いている街)⇒(古き良き時代の)ニューヨーク⇒”バーバーショップ・ハーモニー”⇒男性の合唱⇒美しいハーモニーの曲⇒何となく「スマイル」―――といった連想が、無意識にあったのかもしれません(笑)。

さて、この”バーバーショップ・ハーモニー”ですが、あまり耳慣れない言葉かもしれませんので、少々ご説明を・・・

19世紀後半、ラジオ・TVがまだ無い娯楽の少ない時代のアメリカ。町の社交場でもあった床屋に男性が集まっては、余興として伴奏無しのカルテット(無伴奏四部合唱)で歌を歌うという独自のスタイルが築かれ、とても流行したそうです。
そして、それがコーラスの一スタイルとして、(場所が床屋であったことから)”バーバーショップ・ハーモニー”と呼ばれるようになりました。その後は、コンテスト等も多く開催されるようになったアメリカから、欧州を経て世界中に広がっていった・・・ということです。
そうそう、日本でいえば「ダークダックス」等が、このスタイルですよね。

そんな男声合唱のハーモニーでの「スマイル」が、スケッチする間中ずっと耳の奥に響いていたせいで、絵の中のオープン・カフェの真ん中で男性4人、唄う姿が浮かんできてしまい・・・ごく自然に作品の中に登場することになったのです。

そして、この「スマイル」という曲ですが、歌詞も好きで以前からお気に入りの一曲でした。
大まかに言ってしまえば、”辛い時でも、笑顔を浮かべていればやってゆける”といった、正に「モダンタイムス」のラストシーンを象徴するような内容です。

前を向いて、笑って、勇気を持って生きよう、という歌詞でありながら、曲は「ニ短調」の哀愁を感じるメロディ(ニ短調の有名な曲として、モーツァルトのレクイエム等があるように、悲しげな曲調となります)・・・
ですが、そのウラハラなものが程よくブレンドされた感じが、胸にグッとくると申しますか・・・とても好ましいのです。

“嬉しい”を支えているものが実は哀愁漂うもの、というニュアンス・・・悲しみや苦しみを乗り越えられたところにある喜びや感動・・・そういったものは、言葉で説く以上に、いつの世でも優しく人々の心を癒し、元気づけるのではないかと思います。
そういった空気を「ウーズ河畔」にも漂わせたい、と思いながら描いていましたが・・・

当Netの管理人が表紙ページの作品紹介の文章内で、奇しくも、『”静けさ”と”賑わい”という相反するものが共存する作品に”楽しさ”や”安らぎ”を覚える』といった感想をたまたま述べてくれており(事前に打ち合せなどしていません(笑))、若干ニュアンスは違えど「あゝ何となく伝わっているのかな」と、嬉しく思いました。

私の場合はなぜか「スマイル」でしたが、この絵を観て頂く時には、胸中でそれぞれにお好きなメロディを想像しながら楽しんで頂ければ何より、と思います。

笹倉鉄平

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